各方式用〔第3案〕
1.速記界の現状認識について
現在、我が国の速記界は学習者の減少により衰退の一途にあります。これは速記界にとってはゆゆしき問題でです。
我が国の速記界では速記教育機関が減少しておりますが、これはワープロやパソコンの普及率とは余り関係がないようにも思われます。速記界全体が一般世間に対して速記のPRが下手だったとは言い切れないのではないでしょうか。速記界では一部分の人を除いてワープロやパソコンに熱中していた結果であり、アマチュアへの教育をおろそかにしていたからです。
現在、我が国の速記界では、指導者の養成機関は皆無であり、速記学校の教師は速記学校在学中に成績のよい卒業生で占められております。
速記学校在学中に指導者としての教育を受けているかどうか実態はわかりませんが、速記学に関しての知識には不明でです。
まず、速記界の底辺を広げるためには、指導者の養成をするとともにプロ・アマを問わず、速記者自身の速記に対する意識を向上させることが必要です。従来から各方式で行われている速記教育の内容を十分に吟味して、速記を学問的見地から再検討をすることも必要なことではないでしょうか。
我が国の速記界はプロ速記者の養成に力を入れていたことは周知のとおりです。現在でも多くのプロ速記者自身が「速記の普及(教育)はプロ速記者の養成」という思想を持っているし、国民皆速記という思想がいまだに定着をしておりません。
速記界においてアマチュアに対する普及は一部分の方式において行われておりますが、速記界ではいまだにその成果及び実態の把握ができておりません。
例を挙げれば早稲田式の通信教育修了者、中根式の高校速記部出身者、各方式の大学速記研究会及び速記部出身者、各方式の速記学校卒業生などは、現在までに相当の数になるのではなかろうか。これらの人達でプロ速記者になった人はほんの一部分です。
我が国の速記教育は速記を習得した多くの人達に対するアマチュアの速記利用方法(日常生活における速記の利用法)が教育をされていなかったように思われます。
速記界は一日も早く指導者を養成してアマチュアへの普及を図ることが必要であると思われます。
現在、我が国の速記界は1人のプロ速記者を養成するよりも、1人でも多くの速記指導者を養成することの方が大事な時期ではないでしょうか。
他の分野に目を向けると、ワープロやパソコンの普及により「珠算」や「書道」は、いまだに健在です。
速記界では、なぜ「珠算」や「書道」が、いまだに健在であるのか、その実態を十分に調査・研究をすべきです。
2.速記教育機関における授業内容の推移
各方式の速記養成機関では過去において、どういう科目が指導されていたのでしょうか。主要な各方式における速記教育機関の「入学案内」及び「入所案内」から授業内容を抜粋してみみました。
資料として古いものから順番に紹介をしてみましょう。
※速記以外の科目については省いております。
昭和43年度及び昭和44年度における各方式の速記教育機関では下記の科目が指導をされております。
中根速記学校(※東京)
本 科(1年)
初歩から基本法則全般(※速記法の意味)、演練(※速度練習の意味)
研究科(1年)
高速度演練(※高速度練習の意味)
※中根速記学校では、昔から「速記術」のことを「演練」という言葉を使っております。現在では「速度練習」と言われているようです。
大阪山根速記学校
本 科(2年制)
速記概論(速記の歴史、速記構成論、速記法の概念)、速記法(基礎速記法、普通速記法、高等速記法)、速記実技、速記反訳
早稲田速記学校(※東京)
本 科(1年)
速記法(基礎教程、訓練教程、技能検定試験受験指導)
専門科(専門速記コース)(1年)
速記法(速度訓練、反訳練習、整文法、実務速記演習、技能検定試験受検指導)
研究科(1年)
速記研究(速記法理論、速字研究、速記史)、速記指導法(速記指導法、指導実習、実務速記)、教育心理学、教育原理
※昼間部のみ
衆議院速記者養成所
本科1年(前期)
速記法
本科1年(後期)
速記法、速記術、反訳、実習
本科2年
速記術、速記史、反訳
研修科
速記術、反訳、速記学、符号研究、実務知識
参議院速記者養成所
1年
速記法
2年
速記術
研修生
速記術
昭和55年ごろにおける各方式の速記教育機関では下記の科目が指導をされておりました。
中根速記学校
実務速記科(2年制)
速記法、速記特訓
師範科
(指導者を養成するためではなく、高速度の練習をするために設けている)
大阪早稲田速記専門学校
1年
速記法総論(速記法の概念、速記用具の使用法、速記の実用的価値、速記の科学性、速記の歴史)、基本速記法(基本文字、速記文法、速記文型、テープ速記法、簡略文字、単語連綴法、要約速記法)実習1(文章の速字化練習、漢字転記練習、録音技術、速記編集、速記符号研究)
2年
高速度速記法(情景描写、各人簡略法、高等省略法、外国語速記法)、速記演習(メモ速記、詳述速記、要約速記、依頼速記法)、記録様式と速記実技(議会速記、大会速記、講演速記、口述速記、社内会議速記、商談速記)、実習2(文章の速字化練習、録音技術、速記編集、要領速記、速記符号研究、実用語研究)
上記のとおり、過去において指導者を本格的に養成した実績があるのは、早稲田速記学校(現在の早稲田速記医療福祉専門学校)だけです。
昭和43年度の早稲田速記学校入学案内には「研究科」の説明に
速記法をさらに徹底的に研究し、早稲田式速記の指導者にふさわしい人材を養成します。現在、拡大しつつある速記需要を前に、優秀な指導者は不可欠です。
適応職種
高校講師/インストラクター/速記教師などの道があります。
昭和44年度の早稲田速記学校入学案内には研究科の内容にも
早稲田速記の指導者を養成するために、速記をさらに掘り下げて研究し、あわせて速記の指導法を知識・技能の両面から学習する。
と書かれております。
現在の早稲田速記医療福祉専門学校において、指導者の養成は行われていないようです。
中根速記学校で「師範科」を設置していたのは、指導者を養成するためではありません。
昭和55年度の中根速記学校入学案内には
2年修了後、さらに技術の錬磨をはかろうとされる方は、師範科生として、引き続き研修に努めていただくことができます。
と書かれております。
中根式において指導者の養成に関しては、1日とか2日間の短期講習会が行われている程度です。
昭和41年3月20日に中根式速記協会愛知県支部主催で「愛知県第1回クラブ・リーダー研修会」が行われました。研修会は高校の速記部員と速記部顧問が対象です。参考までに研修の内容は下記のとおりです。
〔研修内容のポイント〕
1.新入部員の受け入れ準備と募集方法。
指導計画表の作成、成績記録表の作成、ポスターの掲示、演説によるPR、入学式での校長あいさつの速報。
2.魅力のある指導と効果的な練習方法。
指導者としての心得、基本文字の説明、初歩段階の目標、カードの活用、単語・短文の活用、要点速記と応用速記、交換審査と記録の励行、テープレコーダーの活用、休暇中の練習方法。
3.絶対必要な教材とそのつくり方。
読む資料、単語・短文集、辞書・参考書・教本、新刊「速記学習ノート」、その他。
また、中根式速記協会主催で昭和48年3月29日、30日に第1回の「高等学校速記教育指導者養成講習会」が、速記を全く知らない高等学校の教師を対象にして行われております。
講習内容は、中根式速記法の初歩の書き方、練習法、指導法及びスピードメモ法の書き方です。
3.指導者養成の対象者について
指導者養成の対象者は年齢、性別に関係がないことは周知のとおりである。最低限、下記の条件を満たしていなければならないと思います。
1)速記学校(教室、塾)の卒業生
速記学校、速記教室、速記塾を卒業し、速記法(方式の全符号体系)、速記術などを習得した卒業生です。
※1 中根速記学校では「本科1年、研究科1年」
昭和55年度から「実務速記科(2年制)、師範科」
※2 早稲田速記学校では「本科1年、専門科1年、研究科1年」
※3 大阪山根速記学校では「本科2年、研究科?年」
(※本科1年修了、本科2年卒業)
※4 衆議院速記者養成所では「本科2年、研修科6カ月」
※5 参議院速記者養成所では「1年、2年、研修生6カ月」
※6 大阪早稲田速記専門学校では「1年、2年」
※7 佐竹速記塾では「ジュニア、シニアA、シニアB、ハイB」と言われております。
※8 その他の教育機関として国字速記学塾(国字式)、中部速記センター(日速研式)、石村速記研究所(石村式)、小西速記研究所(長商式)などがあります。
2)通信教育修了生
各方式で行っている通信教育・研究科課程の修了生です。
※1 通信教育を行っている方式は中根式、早稲田式、日速研式、森田式、森式、カナ式です。
※2 中根式では「本科、研究科」
※3 早稲田式では昭和39年から本科、研究科をあわせて「総合技術課程」といい、昭和44年から「速習課程、専門課程」と呼ばれております。現在では「速習コース、全科コース」と呼ばれております。
※4 いずれも速記法のみで、速記術に関しては各個人によって異なっております。
3)高校の速記部及び大学の速記研究会出身者
高校の速記部及び大学の速記研究会出身者は速記法の全体系(指導された各方式の符号体系を基準とする)が指導されていないと思われます。
※1 高校の速記部では中根式が95%以上使われております。
※2 大学の速記研究会、速記部では早稲田式、中根式、佐竹式、山根式、米田式などが使われております。
4)独習者
市販をされている単行本などによって速記を学習者です。
※1 速記を独習した年代によって方式が異なっております。
主要方式は田鎖76年式、熊崎式、岩村式、、荒浪式、石村式、早稲田式、V式(小谷式)、森田式、参議院式(松杜繁土著)などがあります。
※2 中根式は独習者が極めて少ないと思います。
中根式で、市販をされた教科書は昭和43年に市ケ谷出版社から刊行をされた池田正一/中根洋子/森下等著「中根式速記」だけである。中根式の教科書類は古書店でも入手が困難です。
5)社団法人日本速記協会速記技能検定試験1〜3級合格者
社団法人日本速記協会で行っている速記技能検定試験の1〜3級合格者です。
※1)〜4)までは共通であるが、中には例外があることを忘れてはなりません。
速記が速く書けることと、速記を指導することとは別の問題ではないでしょうか。速記がある程度速く書けることは当然のことですが、速記が速く書けなくても速記の指導が上手な指導者もおります。
速記法の大家が必ずしも速記術の大家ではありません。逆にまた速記術の名人即速記法の権威とも言えません。速記法と速記術、この2つは似たところもありますが、本質的には全く別のものです。(私の知人で中には両方とも大家はおりますが……)
幾ら実務経験が長くても、速記の指導ができない人もいると思います。
要は速記に対する意識の高さが最も重要なことです。
4.科目における分類
現在、指導者として活躍している人のほとんどが、速記法と速記術を習得後、学習者に速記法と速記術を指導しているだけです。速記を学問的な見地から考察すると、技術的な知識しか持ち合わせていないように思います。速記史に関しては知識がほとんどないと言っても過言ではありません。指導者は速記法、速記術以外に速記に関したいろいろな知識を身につけていなければならないし、速記法、速記術以外の科目も学習者に対して指導をしなければならないと考えております。
指導者として必要な「科目」を大まかに分類すると、下記の9科目になると思います。
1)速記法
自己が習得した速記方式の法則体系。
2)速記術
速記法を応用した技術的な面。
3)速記概論
速記全般に関すること。
4)速記学
速記文字を学問的に研究する学問。
5)速記方式学
各速記方式の基礎的なもの及び速記方式史も含む。
6)速記史
速記の歴史(日本史、西洋史)及び速記方式史など。
7)速記指導法
速記法、速記術の指導の方法及び指導実習も含む。
8)速記法研究
自己が習得した速記方式の理論体系。
9)速記実務
速記実務に関する知識。
以上の科目で、速記概論、速記史などは速記学習中に習得をしておかなければならない科目です。
また、指導者だけが知っていなければならない内容もありますし、生徒に対して指導をしなくてもよい内容もあります。
5.指導者養成の科目について
指導者養成の対象者と必要な科目との関連は下記のとおりです。
1)速記学校(教室、塾)の卒業生
速記概論、速記学、速記方式学、速記史、速記指導法、速記法研究、速記実務。
2)通信教育修了生
速記概論、速記学、速記方式学、速記史、速記指導法、速記法研究、速記実務。
3)高校の速記部及び大学の速記研究会出身者
速記法、速記概論、速記学、速記方式学、速記史、速記指導法、速記法研究、速記実務。
4)独習者
速記法、速記概論、速記学、速記方式学、速記史、速記指導法、速記法研究、速記実務。
※1 速記学校、教室、塾などの在学中に上記の科目でいずれかを習得していれば、該当する科目は履修したものとみなします。
※2 独習者及び通信教育修了者で学習中に上記の科目でいずれかを個人で習得をしていれば、該当する科目は履修したものとみなします。
通信教育では原則的に速記法の指導だけですが、受講者自身が速記史に興味を持ち社団法人日本速記協会から「日本速記八十年史」及び「日本速記百年史」を入手して速記史などを勉強していることもあります。
まれにそういう人が実際におりますし、高校の速記部出身者及び大学の速記研究会出身者にもまれにそういう人が実際におりました。
※3 既に実務速記者として数年間、速記に従事している者は「速記実務」を除きます。
6.指導者養成の教範類について
この「速記指導者養成計画案」において「指導者養成」することを想定してみました。実際の運用に際して使用する教範類における主な書名を紹介してみましょう。
下記に掲げた教範類は、指導者としての知識で必要最小限度のものばかりを列挙しております。
指導者は下記の「教範類」ぐらいは手元にそろえておいてほしいものです。全科目を暗記しなくても、一度でも読んでおくだけで、速記の指導をしているときには、いつかは必ず役に立つはずです。
ただし、速記法、速記史、速記法研究、速記指導法の科目は暗記をしておくものです。指導者として、この4科目は特に必要です。他の科目については常識として概略を知っている程度でよいでしょう。
特に、速記研究者は全科目を知っていなければなりません。
吉川欽二さんの著作は早稲田式、佐竹式をベースに作成をしておりますが、各方式の符号体系に応用することも可能です。速記指導法には必ず参考になります。
指導者は1方式の習得にとどまらず、書けなくてもよいから2〜3の方式を勉強することを勧めます。自己が習得した方式しか知らなければ、自己が習得した方式の短所や長所がわからないし、他方式の用語や省略法を自己が習得した方式に取り入れて研究をすることも必要です。自己が習得した方式のみに固執をしていると時代にあった速記法則の研究もできないし、時代に取り残された旧式の速記文字を指導することになるからです。
速記概論関係
速記概論
大阪早稲田速記専門学校(兼子次生著)昭和56年3月20日発行
速記学関係
速記の科学
速記文化研究所(兼子次生著)昭和57年9月16日発行
速記研究
速記文化研究所(兼子次生著)平成2年7月7日発行
タンフォノピア
速記文化研究所(兼子次生著)平成3年5月5日発行
速記用語辞典
紀州速記研究所(吉川欽二編)平成8年12月20日発行
速記用語辞典
速記懇談会 平成9年2月16日発行
速記方式学関係
比較速記法(速記研究抜粋)
京都速記研究所(森 卓明著)昭和3年12月号(第48号)〜昭和7年6月号(第90号)
速記符号集
社団法人日本速記協会(世話人代表・兼子宗也)平成5年9月1日発行
現代国語速記法における速記符号文例集
速記懇談会(編集責任者・兼子宗也)平成6年6月2日発行
速記史関係
日本速記方式発達史
日本書房(武部良明著)昭和17年11月25日発行
舞台裏の現代史
三一書房(竹島 茂著)昭和41年8月23日発行
速記の歴史(西洋編)
社団法人日本速記協会(向井征二著)昭和48年3月1日発行
日本速記事始 田鎖綱紀の生涯
岩波書店(福岡 隆)昭和53年8月21日発行
萬国速記史
大阪早稲田速記専門学校(兼子次生著)昭和55年5月18日発行
日本速記百年史
社団法人日本速記協会(武部良明著)昭和58年10月28日発行
速記指導関係
速記教育概論
紀州速記研究所(吉川欽二著)平成6年8月発行
速記講話 ―速記を教える―
紀州速記研究所(吉川欽二著)平成6年8月発行
速記講話 ―速記を考える―
紀州速記研究所(吉川欽二著)平成6年8月発行
速記の『儀式』
紀州速記研究所(吉川欽二著)平成8年11月15日発行
標準時間配分と基本練習
紀州速記研究所(吉川欽二著)平成8年11月15日発行
速記法及び速記研究関係
(※各方式における教科書及び指導書類を参考にしてください)
速記実務関係
速記原稿のつくり方
東京速記士会(宮田雅夫・佐竹康平著)昭和53年3月20日発行
要点速記の問題点と処理法
東京速記士会(武部良明著)昭和54年9月30日発行
記録作成実務の要点
速記文化研究所(兼子次生著)昭和59年12月発行
速記実務のABC
大阪早稲田速記秘書専門学校(吉川欽二著)昭和62年3月20日発行
その他
名士の速記観
社団法人日本速記協会(前田英昭編)昭和45年9月1日発行
寸志録 線に聞く
同人方(吉川欽二著)昭和61年9月1日発行
高速度速記奥義秘伝
同人方(吉川欽二著)平成2年6月17日発行
いずれも熟読をするだけで十分に理解ができるものばかりです。
以上、紹介した教範類は指導者として熟読しなければならない最小限度のものばかりです。このほかにも参考になる教範類は幾らでもあります。
上記の教範類はほんの一部分ですが、一度でも熟読をしただけで速記関係の知識がかなり得られることだけは保証します。
上記に掲げた教範類におけるすべての内容を暗記することが理想的です。実際問題として各科目のすべてを暗記すること自体は容易なことではないし、よほど記憶力のよい人でない限りほとんど不可能に近いと思います。しかし、全部の教範類を一度でも熟読するかしないかでは大きな違いがあることだけは歴然としております。
現在、我が国の速記界において指導者の養成機関はありませんが、他の各分野においては指導者の養成機関が充実をしていることを十分に認識しておく必要があります。
昭和58年10月28日発行の「日本速記百年記念誌」及び平成15年5月14日発行の「日本速記年表/速記関係文献目録」には文献類が豊富に掲載をされております。これらの文献類を再検討をして各科目ごとに分類をすれば、上記の科目になると思います。
我が国の速記界は、速記学の分野を総合的に見ると、いまだ学問として確立をされておりません。各分野ごとに見れば高レベルの研究があることを忘れてはなりません。我々は、これらの文献類を大いに利用しない方法はないと思います。
7.指導者の速記史における認識
「速記史」について書けば、社団法人日本速記協会の「日本速記百年史」に書かれている内容はあくまでも主要方式の概略です。
各方式には長い歴史を持つ方式があれば、短い歴史しか持たない方式もあります。中には現在では使用をされていない方式に関した記述もありますし、現在でも使用をされている方式の記述があります。また、使用をされている方式でも記述がされていない方式もあります。
指導者は過去の速記界における興亡史をひもとくことはもとより、過去の史実を再認識しておくことが重要です。指導者は常に速記界の情勢などに対し、あらゆる状況判断ができなければなりません。そのためには「速記史」関係の文献類をいろいろと熟読し、常に速記界の情報を収集・分析することも必要です。
我々は「日本速記百年史」だけでは各方式の詳しい歴史を知ることができません。
指導者は自己が習得した方式の歴史に精通をすることはもとより、各方式の歴史にも精通をすることが必要です。
自己が習得した方式の創案・発表以来における発展過程を知り、また、各方式の創案・発表以来における発展過程を知ることも必要です。各方式の「速記史」を熟読することにより自己が習得した方式の将来を展望する参考になるはずです。
現在、各方式では下記のように「〇〇年史」が刊行されております。
例を挙げれば
1.衆議院速記者養成所では「衆議院速記者養成所八十年史」
2.参議院速記者養成所では「貴族院速記練習所・参議院速記者養成所八十年史」
3.佐竹式では「二人千脚 塾長と塾生の30年」
4.早稲田式では「早稲田速記五十年史」
5.中根式では「速記一筋」―中根正雄自叙伝―
など立派なものが既に刊行されております。
指導者は自己が習得した方式史に関したことを、詳しく知っておくのは当然のことです。
このほかに「田鎖綱紀」及び「若林?蔵」の伝記もあります。
1.日本速記事始 田鎖綱紀の生涯
福岡隆著(岩波書店)昭和53年8月21日発行
2.ことばの写真をとれ 日本最初の速記者・若林?蔵伝
藤倉明著(さきたま出版会)昭和57年10月28日発行
これらの伝記類も「速記史」に含まれるので、田鎖式における創案当時のことが理解できると思います。
指導者は自己が習得をした方式に関係なく、速記史関係のいろいろな文献を読む必要がです。
8.指導者の符号体系について
指導者と符号体系の関係について触れてみましょう。指導者は学習者の目的によって指導をする符号体系を選択しなければならいのは周知のとおりです。
では、指導者にとって必要な符号体系とはどのようなものでしょうか。
プロ速記者養成(分速320字から分速360字以上)の符号体系とアマチュア速記(分速200字から分速240字)の符号体系では内容がおのずから違ってきます。
指導者は速記教育の目的にかかわらず、「速記法」及び「速記法研究」の科目を習得しておく必要があります。これが「プロ速記者」と「速記指導者」の大きな違いです。
指導者は「速記法研究」で自己が習得した方式の各符号体系に精通をしておく必要があります。
指導者がアマチュアの教育だけを目的とする場合でも、アマチュア用の符号体系だけではなく、自己が習得した方式の各符号体系も把握しておく必要があります。
アマチュア志望の学習者が途中でプロ速記志望に変更をすることも考えられるので、状況に応じて指導をしている符号体系を変更する場合もあることを忘れてはなりません。そのためにもアマチュア用の符号体系とプロ速記者用の符号体系には、法則的にも関連性を持たせておく必要があります。
学習者が社団法人日本速記協会の速記技能検定試験で1級に合格をしても、全員がプロ速記者になるわけではありません。プロ速記者にならなくても各業界において速記能力者が速記を利用できる分野は幾らでもあると思います。
また、速記教育機関に入学したプロ志望の学習者でも、途中で落伍をする実例が多いことも認識をしておくべきです。
学習者の中には、興味本位で速記を学習しているうちに、速記がおもしろくなり、そのままプロ速記者になった実例もあります。
指導者は学習者に対して「速記の楽しさ」、「日常生活における速記の利用法」などを指導しておく必要があります。
また、学習者の習得状況(速度及び生活基盤によっても異なる)に応じた速記利用法などを指導すること必要です。従来の速記教育ではこの辺が忘れられていたように思います。
要は速記の入門過程が問題ではなく「学習者が速記を好きになる」ように、速記を指導をすることが指導者としての大きな課題ではないでしょうか。
9.指導者養成方法について
現在、我が国の速記界において指導者養成について実行ができることは、下記の方法などが考えられます。
1.独 習
指導希望者自身が教範類の各科目を熟読することです。「指導者養成の教範類」で掲げた教範類の内容はすべてが独習できるものばかりです。
独習の場合は、独習者自身が教範類の収集をすることから全てが始まります。
独習者の場合は、速記界の事情に通暁しており、速記関係機関(社団法人日本速記協会、各速記方式の協会・学校、紀州速記研究所等々)や教範類にも精通していなければ教範類の収集が非常に難しいでしょう。
教範類を熟読するよりも、教範類を収集することの方に時間がかかることを覚悟しなければなりません。
指導希望者は、常日ごろから教範類を収集しておく気持ちがなければ、急には間に合いません。
独習者の場合は、生活環境、個人差などを考慮すれば、期間の特定は不可能です。
指導実習に関しては速記の指導をしながら、経験を積んでいく方法しかありません。
2.通信教育
各方式の速記教育機関が独自に通信教育を行い、各科目の教範類を独自に作成することです。
通信教育の場合は、独習と同様に生活環境、個人差などを考慮すれば、期間の特定は難しいでしょうが、最短の受講期間は6カ月から1年間ぐらいが適当です。受講期間が、余りにも長過ぎると受講者の方がだらけてしまいます。
指導実習に関しては速記を指導をしながら、経験を積んでいく方法しかありません。
3.速記教育機関
各方式の速記教育機関で「速記指導者養成科」を設置して各科目の教範類を作成することでする。
速記指導者養成科の期間は1年間ぐらいが適当です。
あるいは各方式の速記教育機関が協力をして「速記法研究」以外の科目を分担して履修する方法も考えられます。
いずれの方法も、速記教育機関が事前に各科目の教範類を作成することは大変な作業であると思いますが、符号速記の将来的な見地から考えれば一時的な作業です。
スキャナーを使用すれば、人間が最初から入力をするよりも作業効率がよいでしょう。各方式の速記教育機関が著作権の問題を解決するだけです。
各方式では、既に速記教育機関がない方式も存在しております。そういう方式の場合は、上記の「独習」という形になります。
指導者として、特に必要な科目は「速記法」「速記法研究」「速記指導法」「速記史」の4科目です。
「速記法」は、速記学校の卒業生、通信教育修了生は既に習得しているので特に問題はないと思います。
特に「速記法」で問題があるとすれば、高校の速記部出身者及び大学の速記研究会出身者、独習者の「速記法」における符号体系の知識的レベルです。
特に高校速記部出身者における符号体系の知識的レベルには非常に大きな開きがあります。
高校の速記部では符号体系を熟知した顧問が指導をしている場合には問題はありません。全国各地における高校の速記部では、顧問のほとんどが「速記」の知識がなく、3年生が1年生を指導しているのが現状です。
符号体系を指導する3年生の指導能力が低ければ、全体的な符号体系が指導をされず、年々、速記法体系(縮記法・略記法)の内容が減少した状態で伝えられております。
大学の速記研究会についても同じようなことが言えるのではないでしょうか。要は指導する側の能力次第で符号体系の全体が伝えられるか減少するかが決められると言ってもよいでしょう。
「速記法研究」及び「速記指導法」は、各方式によって異なるので、各方式における問題だけです。
上記の中で、即応できる方法は「独習」であり、完璧な方法は「速記教育機関」で「速記指導者養成科」を設置することです。(東京の早稲田速記学校では過去に「研究科」として設置をしていた実績があります)
指導希望者自身の地域的な生活基盤及び年齢などを考慮すれば、「独習」及び「通信教育」が中心になります。
「速記史」については、各方式とも共通をしているので、社団法人日本速記協会は速記技能検定試験日と同日に「速記史」の筆記試験だけを行って合格者に「速記指導者認定証」を交付すれば済むだけのことです。
10.指導者研修会開催について
現在、プロ速記者や速記指導者でも「速記史」に対して非常に知識が低い人が多くいると思います。
プロ速記者や速記指導者に限らず、速記界全体を見ても「速記史」に対して非常に知識が低いのは残念なことです。
各方式の指導者の中には自己が使用している方式の創案年代、創案者、方式の系統を知らない人もおります。これは、その教授所で速記史を指導していないからだと思いますし、田鎖綱紀が、速記を発表した年代を知らない人すらおります。
速記指導法とともに速記史(西洋史及び日本史)の勉強をする必要があります。
指導者研修会は5日から1週間程度が理想的ですが、実際には上記の科目を履修するのには少なすぎると思いますが、指導者として必要最小限の内容だけを講習をすればよいと思っております。
科目によっては講習をしなくても、教範を読むだけで十分に理解ができますが、「速記指導実習」に関しては教範を読むだけでは理解ができません。
指導者自身が教範を読むだけで十分に理解ができるものばかりですが、問題なのは、指導者自身が真剣に教範類を熟読するかどうかです。
これは社団法人日本速記協会の「速記指導者認定証」にも関することですので、指導者研修会後には「速記史」の試験(筆記試験)を実施して、合格者に指導者認定証を交付すべきであると考えます。
社団法人日本速記協会が行っている「速記指導者認定証」は制度的にも速記指導者としての資格条件が十分に整っておりませんし、現行の制度では速記指導者の資格は、社会的にも立派に通用しないと思います。
いずれにしても「速記指導者認定証」は、社団法人日本速記協会で交付をしている「1級速記士証」及び「2級速記士証」と同様に社会的にも立派に通用をする「速記指導者としての資格」でなければなりません。
速記指導者の資格を向上させるためには、速記指導希望者自身が教範類を積極的に熟読することが必要です。
11.符号速記に未来はあるのか
ワープロが出現した当時、ワープロとテレコさえあれば速記は要らないという速記不要論が速記者自身から盛んに出ておりました。現在ではワープロよりもパソコンの方が主流ですが、プロ速記者にとりパソコンは従来の反訳手段にすぎませんし、テレコは速記の補助手段にすぎないものです。パソコンは速記者にとり、あくまでもペンと原稿用紙の代用品でしかありません。プロ速記者が長年にわたる手書き反訳で得たノウハウを自在に駆使してパソコンで入力をしているからです。
世間一般ではパソコンとテレコがあれば速記は要らないと言われております。テープ起こしは速記の経験(プロ速記者及び速記学習における過程)がない素人でも簡単にできると誤解をされております。プロ速記者が作成をした原稿と、素人が作成をした原稿とはでき上がった原稿を見れば雲泥の差が歴然としております。
プロ速記者でも現場に出ないで、テープだけで依頼をされた反訳は容易なことではありません。まして、速記を知らない素人がテープ起こしをすること自体が容易な作業ではないはずです。
平成3年に早稲田速記が開発をした「ステノワード」があります。現在では「スピードワープロ」と呼ばれております。テレビの生番組やニュース等で同時字幕入力を行っております。
また裁判所の速記官が開発をした「はやとくん」というリアルタイムで反訳する機械方式が第一次反訳段階で実用化しております。
私は機械速記については否定をしておりませんし、機械速記も速記の一部分と考えております。手で書くか、機械で打つかの違いだけです。
これらはあくまでもプロ速記者の世界のことです。機械速記を使用することにより、従来の反訳時間が短縮をされることはプロ速記者には魅力的なことです。現在、長年符号速記を使用してきたプロ速記者の一部の人達の中には「はやとくん」を練習し、機械速記に移行をしようとしております。
アマチュアの世界においてはどうでしょうか。アマチュアの世界では「はやとくん」のようなリアルタイムの反訳が必要でしょうか。
アマチュアの世界では、速記をしたものを国字に反訳をせずに速記文字できれいに書き直しておくだけで間に合うのではないでしょうか。
私自身が過去において、速記をとった原文を後から速記文字できれいに書き直していた経験もありますし、後に国字での反訳が必要になったときに、反訳をすればよいという考え方を持っております。
現在、我が国の符号速記は危急存亡のときであると言っても過言ではないでしょう。昭和58年10月28日の日本速記発表百周年のときから、すでにその兆候が出始めていたのではないでしょうか。
我が国の速記界は日本速記発表百周年のときから、既にその対策を講じておくべきだったと思います。我が国の速記界が、いかに対応が遅かったかを物語っております。
このままの状態で速記界が推移をすれば、機械速記だけが残り、符号速記は消滅をするでしょう。そして符号速記は博物館へ行くか、考古学の分野になってしまうことだけは必至の状況でする。
現在の我が国には「〇〇保存会」という団体があります。いずれ符号速記も「符号速記保存会」へ行く運命をたどるのではないかと懸念しております。
我々、符号速記者自身が「符号速記保存会」という団体をつくらないためには、速記に対する意識を向上させることはもとより、後世に符号速記の後継者を残すという使命と自覚を持ち、アマチュアに対して符号速記を残していかなければなりません。
今日のような高度情報化社会における速記はプロ速記者だけの専有物であってはなりませんし、符号速記は我が国における知的な文化財産でもあります。
我々はプロ・アマを問わず、符号速記は言語をとらえるための「道具や手段」という思想から一日も早く脱却をしなければなりません。我々は符号速記を常に「学問、教養、趣味」であるという思想を根底に持っておく必要があるのではないでしょうか。
12.指導者の受け入れ先
残念ながら、現在の速記界では指導者を養成しても、指導者の受け入れ先はほとんどないと言っても過言ではありません。
もし、仮にあったとしても既存の速記学校ぐらいです。指導者自身が新規に開拓をすることになると思いますし、地方によっては指導者として生計を立てることは非常に困難です。本業を持ちながらのボランティア活動が中心になると思います。
最近は各市町村の教育委員会で「生涯学習」が推進されているので、生涯学習の一環として速記を指導する方法も考えられます。
速記指導者は、「生涯学習」について理解をするためにも、財団法人実務教育研究所の文部科学省認定社会通信教育「生涯学習指導者養成講座/生涯学習ボランティアコース」を修了して財団法人社会通信教育協会認定資格「生涯学習2級インストラクター(生涯学習)」の資格も取ることを薦めます。
「生涯学習」は老人に対する教育ではなく、社会人全般を対象にしたものです。昔から行われている公民館講座という方法も考えられますが、本業を持っている場合は、指導をする時間帯が平日の夕方とか、休日になると思います。
いずれにしても、家庭を持っている人は、家族の理解がなければ長期間の活動が難しいと思います。
速記普及の面から考えれば、ボランティア活動をすることになりますが、速記に対する情熱と回りの理解ががなければ簡単にはできません。
13.結び
「実務速記者の養成」と「速記指導者の養成」とは、全く別の問題として考えなければなりません。実務速記者の養成は「速記術」に重点を置き、速記指導者の養成は「速記法(速記理論)」に重点を置いております。速記教育における指導科目や時間数が異なるのは当然のことです。
各方式の速記教育機関では「実務速記者」の教育が中心に行われておりましたが、同時に「速記指導者」の教育が忘れられていたように思います。
もし、この「速記指導者養成計画案」のとおりに実行をされたならば、指導者として学問的にも相当レベルの高い人材を育成することができると思います。
この「速記指導者養成計画案」は、単に速記指導者養成が目的だけではなく、現在、速記の指導に携わっている指導者自身の学問的レベルを向上させることも含まれております。