ウツシングのすすめ

 川田秀幸著「ウツシングのすすめ」(昭和42年5月7日発行)という本があり ますが、この書名を見ただけでは何の本かわからないものです。
 「速記関係文献目録」に掲載されていれば、速記関係の本だろうという検討が つくと思います。

 よく速記関係文献の一覧表及び蔵書目録などで「ウシングのすすめ」と書か れたものを目にします。「ウシング」というよりも「ウシング」と詰まった 方が読みやすいようですが、書名は「ウシングのすすめ」です。


著者いわく
学生とノート(ウツシング)
ノートを貸してタムレ
 タムレ tamure―南太平洋タヒチ島に伝わる情熱的なリズムと踊りで、昭和38 年夏、同島からダンサー混成の楽団“タヒチアン”が来日し、劇場やテレビにも 出演、人気を集めた。東京には、同好の集まりである“タヒチ倶楽部”まで結成 された。
 このタムレというリズムの流行したころの女子大生言葉に、「タムレ」が大い に使われた、「ノートを貸してタムレ」といったぐあいに。これは古語の「たも れ」と流行のリズム、タムレとを、うまく引っかけたわけである。
 ノートを貸してタムレ―事ほどさように、授業をエスケープした学生はもとよ りのこと、まじめに教室で講義を聞いていても、学生にとって、ノートをとるこ とは、まことにもって、厄介しごくな苦労の多い作業である。それで、友人から 借りたノートから自分のノートへ転記することを「ウツシング」と英語化して、 しゃれのめしているわけである。
(32〜33ページ)

ウツシングのすすめ
文字の上に文字をつくらん
 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。……」有名な福沢諭 吉先生の「学問のすすめ」の冒頭の一節である。
 その「天の上に人を造らず……」をもじって、「人は文字の上に文字をつくり、 文字の下に文字をつくり」と置きかえてみよう。
 私たちは、私たちの言葉を文字に柿らわすのには、仮名文字国字論者やローマ 字国字論者でない限り漢字と平仮名・片仮名を常用している。仮に、この漢字を 中心にして、その上に平仮名、その下に片仮名を置いてみる。「漢字の上に平仮 名をつくり、漢字の下に片仮名をつくった」わけである。
 そして、私たちはローマ字(アルファベット)も使っているから、これを片仮 名の下に一段つけ加える。
 漢字・平仮名・片仮名・ローマ字と、各種の表記法を併用していることは、表 記が複雑な反面、それだけに利点がある。漢字と平仮名を主体に書かれた文章の 中で、片仮名やアルファベットで綴られた部分は印象的であるが、今私は、その 上に最上段に速記符号(速記文字)を置いて、さらに、私たちの文字表記を多彩 にすることによって、ノートの印象を強くし、ノートをより早く、より簡単に能 率的にとれるようにしたいと、それが、この「ウツシングのすすめ」となったわ けである。
 言うならば、速記の基本符号(基本文字)は、最も簡単な仮名文字なのである。
(20〜21ページ)

また著者いわく
 この「ウツシングのすすめ」を、私が不敏ながら、まとめ上げたのは、全く独 自のスタイルを持った新しい仮名文字―速記文字をもって、煩わしい漢字を始め とする国字による記録を、より簡単に、より早く能率的に処理していただこうと いうことがねらいであって、「ウツシングのすすめ」は、単なる速記入門書では ないことを断っておかねばならない。(21〜22ページ)

さらに著者いわく
 この「ウツシングのすすめ」をまとめ上げても、私の所説のみでは、到底、あ なたの信を得られないであろうし、また、この「ウツシングのすすめ」の主体で ある「速記」というものの勉強たるや、まことに無味乾燥なもので、一向に興味 のわかない、おもしろくもないものだから、私が「ウツシングのすすめ」をまと めたこうした所期の目的―1人でも多くの学生諸君諸嬢が、また、1人でも多く の人々が、漢字・仮名の国字による筆記難から、速記の符号を利用することによ って救われるという目的を達するために、この「ウツシングのすすめ」には、文 中カッコ書きで断ってあるように、各界著名の先生方の著著から、そのお説を拝 借させていただくことによって、あなたの興味を何とかして終わりまで、つなぎ 止めたいと努力してみた。(14ページ)


と書かれております。速記の学習は「無味乾燥なもので、一向にわからない、お もしろくもない」ものでしょうか。
 私は暗号などに興味を持っておりましたので、速記は興味半分、遊び半分で学 習をしていましたので、速記は「おもしろく、楽しい」ものでした。速記文字、 速記法則を覚える苦痛も感じませんでした。
 逆に、人にはわからない文字を知っているという優越感もありました。

 「ウツシングのすすめ」は、いろいろな分野の本からおもしろい部分を採り入 れて、速記をおもしろおかしく説明をしております。著者の労苦がよくわかりま す。
 中根式速記協会機関誌「速記時代」には「ウツシングのすすめ」の広告が掲載 されておりましたが、中根式関係者(高校の速記部も含む)が購入をした程度で す。一般の書店には出回りませんでした。
 速記法則は、植田裕先生が指導されていた高松商業高校及び川田秀幸さんが指 導されていた丸亀商業高校の速記科のテキスト「中根式速記法教程」の昭和28年 版です。

 昭和42年に「ウツシングのすすめ」として発行されましたが、従来の中根式関 係者には法則性の古さを感じさせません。
 当サイトの「中根式速記法概要」にも「ウツシングのすすめ」に掲載されてい る法則を採り入れております。
 参考までに「ウツシングのすすめ」に掲載されている法則体系を紹介しましょ う。
1.基本符号
2.拗短音記法・長音記法・拗長音記法
3.詰音記法
4.インツクキ法
5.特殊略法
 1)段記略法
 2)摘記略法
 3)接記略法
 4)寓意略法
 5)最大線略法
 6)数詞記法
などがあります。「一線練習」及び「インツクキ法」における文例は豊富ですの でそのまま流用できます。

 私はいろいろな「速記入門書」を読みましたが、この「ウツシングのすすめ」 ほどおもしろおかしく書かれている速記関係の本はありません。復刻版を発行し ていただきたい名著の1冊だと思っております。