朗読音声  『みずいろの手紙』について


 私はその歌が嫌いでした。
 歌詞の中に綴られているのは、私が最も嫌いなタイプの女性でした。男性に媚びたような、そんな曲のイメージは耐え難いものでした。
 そしてそれは、とても我がままな振る舞いではありましたが、私はその歌を歌うのが嫌で、勝手にこれを封印していた時期がありました。

 そんなある日のことでした。地方公演で、偶々プログラムの構成上、やむを得ずその歌を歌う運びになりました。それは、かなり久々の出来事でもありました。
 一番を歌い終え、その間奏が流れているときのことです。観客席の前方二列目の端に座っている若い女性が、口にハンカチを当て、嗚咽を堪えてたくさんの涙を溜めている姿が、私の目に飛び込んできたのです。この曲と、自分自身がたどってきた道とを重ね合わせて、その記憶が蘇ってきたのでしょうか。


「私のもとへ来てください」
 最後の歌詞を歌い終えたとき、私も感極まり涙がこみ上げてきました。
 そのときです。自分はとんでもない間違いをしている、ということに気づいたのでした。
 世に出した歌は、もう自分のものとして扱っていてはいけないんだ、ということに気づかされました。
 歌というのは、聴いてくれる人の過去や思い出につながっているのだから、これはもう私だけの歌ではない。
 そのことを自覚してからは、ひとつの作品として素直に歌の世界に入り込めるようになりました。

 私の歌を聴いて泣いてくれる人がいる。この歌があったからこそ、私は歌手あべ静江として認められたのです。
「みずいろの手紙」は、自身の代表曲となりました。



速記符号原文 『みずいろの手紙』について 012.pdf(4,280Kb)
朗読文音声 『みずいろの手紙』について 012.mp3(6,216Kb)