拗短音リョ符号への疑問
いわゆる第2拗音として扱っているシュ、ショ、キョ、リョ、キョ、チョのう ち、リョの書き方に諸君は疑問を抱かないだろうか。これら第2拗音はすべて拗 長音符号を変化してつくり出されると説明されている。拗長音符号が直線ならば、 大カギを反対側(負側)につけ、拗長音符号が曲線ならば、直線化することによ って、第2拗短音符号がつくり出される。しかしリョについては、この法則が適 用されない。なぜリョはデにカギをつけるのか。デの正側頭部のカギをつけた形 はチョーの濁音化の形で、本来ならヂョーをあらわす符号になる。ところが「チ ョーを太くすればリョと同形になるから、普通の発音どおりヂュ、ヂュー、ヂョ、 ヂョーはジュ、ジュー、ジョ、ジョーを用いる」(通俗中根式速記法64ページ) ことによって、デにカギはヂョーではない。ヂョーはジョー(ゼにカギ)であら わされる。こうして何ら音を与えられなくなったデにカギをつけた符号をリョと 定めてある。これは「チョーを太くすればリョと同形になる」からではなく「チ を太くすればクと同じになるからヂはジを用いる」(通俗中根式速記法27ペー ジ)の法則を適用すれば、当然ヂョーはジョーでなければならず、したがってチ ョーの濁音形デにカギの符号(ヂョー)は何ら音が与えられなくなるので、リョ に利用したと考えるべきであろう。そこにはシューを直線化してシュ、ショーを 直線化してショとした<拗長音符号―直線化→拗短音符号>の関連性が、リョー→ リョの間には見出せない。やむを得ずリョについては「リョーを直線にしたもの を立ててある」(通俗中根式速記法58ページ、傍点は筆者)という説明しかでき ない。 創案当時の符号は? あくまで例外的法則を除去しようと努めたと見られる中根式に、その基礎符号 たるべきリョに例外的な構成原則が施されるのは、前段の理由からだけではなか ろう。多くの人々はそれが入門課程で教わる符号であるため、何ら批判的に考え ることなく、また熟達した後も何の疑問も起こさずに、うっかりこのリョ符号の 持つなぞに気がつかないのではなかろうか。 私は初期における中根式の文献を調べてみた。かつて中根洋子女史から贈られ た「速記研究」誌(中根速記協会刊) ―「速記時代」「中根式速記」の前身、戦 前のもの―の合本を読んだとき、「中根式最初の発表」という記事を単に資料と してノートにとっておいたことがあった。 最近リョのなぞを解くために、それらのノートを調べていたとき、次のような 重大な一文を今まで見落としていたことを発見したのである。 その後基本文字も種々変化し、例えば今のチとキ、テとケが反対であったりい ろいろして、この大正3年の5月10日は決して先生の自発的発表日ではないのだ そうです…… (「速記研究」昭和18年1月号 20) ―傍点筆者― 今まで、何回か読み返したことはあったが、この傍点の箇所には深く気もとめ てみなかったのであるが、リョのなぞを解こうとする私には、今度はその一文が クローズ・アップされて印象的だった。このことは、昨秋中根正世先生にもお話 し申し上げたが、先生は非常に興味を引かれ、話題が他に変わってからも、何回 となく私のノートを読み返され、それに対する意見も述べられた。私は「私案」 として発表する拙文中、先生の意見を付記することは、読者に私+先生の見解と して映ずることになり、正当な批判がこの「私案」に加えられなくなることも考 慮に入れて、先生のその際の意見は省かしていただくことにする。 |