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昭和時代

 昭和に入ると、雨後のタケノコのように多くの方式が発表されました。昭和2 年から8年までの7年間は非常に方式数が多い時代です。方式名のみを書くと、 昭和2年には超熊崎(牧)式、新熊崎(森沢)式、新丹羽式、昭和3年には新大 川式、松山式、昭和4年には鬼塚式、梶式(日本速記学会式)、菅原式、4年式 (高橋式)、昭和5年には岩村式、デーゲン式、森田式(モリタ式ともいう)、 早稲田式、昭和6年には川守田式、国字式、大場式、超中根式、日本速記字会式、 昭和7年には浅田式、植松式、宇佐美式、静香式、田鎖51年式、昭和8年には加 藤式、酒井式などがあります。

 超熊崎式は、新熊崎式を改良したものであり、ウ列は全部単画化されておりま す。別名・牧式とも言います。

 新熊崎式には牧泰之輔と森沢、行の流れがあります。法則的には熊崎式よりも 改良をされております。

 新丹羽式は、直線を廃止して(ア行を除く)曲線ばかりで基本文字を構成して います。

 松山式は熊崎式を改良した方式ですが、中根式に触発され、単画派の方式を研 究したものです。

 菅原式は基本文字には普通のカタカナを使い、省略法に田鎖系の略字まで入っ ております。この方式は専門速記者用のものではなく、筆記難に苦しむ学生のた めに考案をされた方式です。

 岩村式はカナ速記としては広く普及した方式です。

 デーゲン式(Degen)はドイツのシュトルツェ・シュレー式(Stolze-Schre y・1897)を日本語に応用した草書派の方式であり実用はされませんでした。

 早稲田式は川口渉が早稲田大学速記研究会在学中に研究をされたものであり、 基本文字は熊崎式のウ列とア行を除いたほかは変わりはありません。早稲田式の 系統については、熊崎式の系統という説と、各方式からの研究という説がありま す。

 現在の早稲田式は折衷派ですが、速水さんは「単画記音式早稲田速記 法」があることをご存じですか。

速水 早稲田速記講座に書かれておりましたね。

 早稲田式の人でも、単画・早稲田式があったことを知らない人が多 いんですよ。

速水 早稲田速記講座には,速記史のところでは簡単な記述ですからね。

 ほとんどの人は、速記史を読んでいないか、読んでも見落としてい ると思います。

 単画・早稲田式は大嶋茸次(後に畑中と改姓)が考案をしたものです。

 カ・キ・コ・ナ・ニ・マ・ミ・モは中根式と同形です。またア・イ・ウ・エ・ オ・カ・コ・ハ・ホ・マ・モ・ヤ・ヨ・ラ・ロは現在の早稲田式と同じです。ワ は濃線を淡線にしました。

 「早稲田速記五十年史」には、この単画・早稲田式の基本文字が掲載されてお ります。

 昭和8年4月に発行をされた「早稲田式初歩の速記学」は、単画・早稲田式の 本です。

 早稲田式では上段に「私」をチャの正規で書きますし、下段に「しかし」をチ ャと書いておりますが、これは単画・早稲田式の「シ」なんです。

 さて、本題に戻ります。

 森田章三は衆議院式速記者養成所で昭和5年5月入所の第14期生から昭和10年 5月入所の第19期生まで指導されましたが、森田式を指導されたのは昭和10年で す。

 川守田式は、若林式の系統ですが、若林式の面影はなくなっております。

 国字式の創案者・古久保峯吉は中根正世の高弟ですが、中根式の根本的改良を 行いました。そうして多曲線を使って純単画派を目指しました。国字式という名 称は、速記を国字にしたいという気持ちがあり、古久保自身も国字常弘と名乗っ ております。国字式は紀元節(現在の建国記念日)の日を選んで2月11日を発表 日としました。

 大場式はドイツのクノウスキー式(Kunowski)を日本語に応用をした斜線派 です。

 超中根式は中根正親の高弟・森卓明(たくみょう)の研究であり、基本文字は 中根式と同じものですが、中根式を基礎にして、さらにその上に中根式の表音速 記法として、不備な訓読転化を全廃して和語縮記法、外国語縮記法を創定し、中 根式を発展させました。

 田鎖51年式は田鎖綱紀の長男・田鎖一(はじめ)によって研究をされたもので、 基本文字も単画派に近い折衷派です。51年というのは田鎖綱紀が田鎖式を発表し てから51年目ということでです。つまり速記の紀元をつけております。

 酒井式はアメリカのグレッグ式(Gregg・1888)を研究した方式です。

 昭和9年には土田式が発表をされました。土田利雄は衆議院に中根式の速記者 として勤務をしており、研究も一段落したので土田式を発表しました。

 昭和10年には松崎式、宅間式が発表をされました。松崎式は複画派を改良した 方式であり、宅間式はグレッグ式を研究した方式です。

 昭和11年には宮本式、昭和12年には日本グレッグ式、新松崎式、昭和13年には 安田式があります。

 安田式は貴族院速記練習所で指導をされていた方式です。

 昭和14年には衆議院式があります。衆議院では大正7年に速記者養成所を開所 してから指導教官がかわるごとに田鎖系の符号もかわっていました。そこで教官 がかわっても、符号だけはそのまま研究して使えるものを指導することになりま した。このころは石川隆一が指導に当たっていましたが、西来路秀男が研究した 折衷派の符号を指導していました。 昭和17年からは衆議院速記者養成所所長・ 西来路秀男が研究をしていた標準符号を指導することになりました。

 昭和15年には乙部泉三郎が泉式を発表しました。泉式は全音速記です。

速水 全音速記とはどういうものですか。

 日本語にある濁音の場合、従来の方式では清音に点を打ったり、濃 線にしたりしますが、泉式では清音符号と濁音符号は別の符号を設けています。 カ→  、ガ→ というようなものです。

 昭和16年には神原式、田鎖60年式、武部案、昭和17年には先の衆議院標準式が あります。

 昭和17〜18年の寿光式は国字式とは基本文字は同じですが、省略法は天段、上 段、中段、下段、地段というように縦・横の5段を使用しています。

速水 縦・横の5段ですか。天段は上段の上に書くんですか。

 原文帳の左端から書く位置のことです。つまり、左端から20ミリと3 0ミリの2カ所に縦の折り目を2本つけます。この2本の線を基準にして第1字 目の書き始めの段位になります。

 左端から20ミリのところが上段、30ミリのところが下段になります。この2カ 所が基本になり、5ミリ手前、5ミリ後ろとなります。

 左端から15ミリが天段、20ミリが上段、25ミリが中段、30ミリが下段、35ミリ が地段になります。

 「サ」の字を例を挙げますと、天段=サン、上段=シャ、中段=サ、下段=サ ル、地段=サーとなります。

 天段=撥音、上段=拗音、下段=ラ行、地段=長音です。

 字末の場合は、天段=字末より高く、上30度。上段=字末と水平。中段=字末 に続ける。下段=字末より右下、下45度。地段=字末の直下です。中段以外は、 いずれも空間が2から3ミリです。

 昭和18年には毎日式、牧式タイプ速記法があります。英文タイプを利用したも のです。 昭和19年には酒井董(ただし)式、ソクタイプなどがあります。毎日 式は毎日新聞社で新聞速記者用に研究をされたものであり、基本文字も改良をさ れております。

 戦後になって発表をされた方式には、昭和21年にはカナモジカイ式、米田式が 発表されました。米田式は熊崎式の系統を引くものです。

 昭和23年には木村式(?)、田鎖67年式があります。

 田鎖67年式の方は、田鎖一によって、51年式→60年式→67年式と改良をされて います。51年式になってからは田鎖式は単画化をされていきます。複画派のイ メージはありません。

 昭和24年には中根24年式、新熊崎(森沢)式があります。中根24式は石村善左 の方式であり、現在の石村式の前身です。

 新熊崎(森沢)式は、昭和2年のものよりもかなり改良されております。この 符号は早稲田式の符号を使ったものと思われます。

 昭和24年には参議院速記者養成所では同時期に複画派と単画派の方式を指導し ております。単画派は畑田明のものであり、昭和25年からは山田到の折衷派を指 導しております。

 昭和25年には相賀式(?)、イトウ式があり、イトウ式はカナ速記と思っていた ら、単画派の方式でした。

 昭和26年には山根式、15字法ローマ字式、島田式、島田カナ式、26年式があり ます。

 26年式は、中根24年式を発展させたものであり、26年式=石村式となります。

 山根式は国字式を改良した方式です。

 15字法ローマ字式はインチキくさい方式であり、創案者の古味信夫(古味史世 ともいう)は、後に俳優の養成で詐欺罪で捕まったと伝えられております。

速水 「日本速記年表」の昭和26年5月ごろにも、

 このころ、中央、地方の新聞、雑誌に、日本簡易速記協会なるものが、「タッ タ15字覚えるだけで誰でもすぐ出来る一ばんやさしい速記」「一時間千五百円以 上で引っ張り凧の速記士養成」を標榜して盛んに広告を続けていた。

と書かれておりますね。

 この15字法ローマ字式には、旧式と新式の2種類があります。

 島田式は関西大学の学生・島田克之のものであり、中根式と国字式の系統と思 われます。 昭和27年には参議院式として、先の畑田明の単画派が採用をされま したが、最近の参議院速記者養成所では折衷派の山田到の方式に改良を加えた 「統一式」が指導されております。

 昭和28年には縦書き速記の三村式と長商式があります。

 長商式の正式な名称は「長崎商業」の略です。中根式の系統ですが、中根24年 式と衆議院式の影響を受けております。

 三村式は日下部式以来の縦書き速記です。三村式は線が複雑過ぎて書ける人は 三村侑弘のほか1人が昭和58年の「速記者名鑑」に掲載されております。

 昭和29年には吉崎謙太郎の日速研式、早稲田系無名式があります。

 早稲田系無名式は佐竹康平(やすへい)が早稲田式を簡略化した方式です。佐 竹式として発表をされたのは昭和31年1月です。

 日速研式は、早稲田式と早稲田系無名式として発表される前(佐竹案)のもの を研究したものです。日速研は「日本速記研究所」の略称です。

 昭和30年には標準式があります。標準式は衆議院速記者養成所所長・西来路秀 男のカナ速記です。文字式とも言います。

 昭和32年には伊東ひらがな式、別名・ひらがな式とも言います。

 昭和33年には中根正雄の中根式即席速記法があります。後に簡易速記法、最近 ではスピード・メモ法と呼んでおります。この方式はひらがなとカタカナを応用 した方式であり、省略法も中根式の省略法を応用しております。

 昭和33年には田鎖76年式があります。この方式は田鎖一の研究を長男の源一が 受け継いだ方式です。

 昭和37年には牧野式があります。

 昭和38年ごろにはユニ式が発表をされておりますが、ユニ式は日速研式と同じ ものです。日本ユニ式とも言います。

 昭和39年には植岡式と高槻式があります。

 植岡式はカナ速記ですが、かなり単純化されていて、符号式とは大差がありま せん。

 高槻式は高槻義信が衆議院式を研究したものです。

 昭和40年にはV式(小谷式)の前身である小谷65年案があります。

 V式はSVSD(Same Vowel Same Direction)同列同方向という意味 です。同列同方向で基本文字が構成されております。

 つまり同列の音(同母音)が同方向の線(5方向3種線)で構成されておりま す。 中根式以来の画期的な方式です。現在は「V式」と呼ばれております。

 昭和42年には中谷式、中村優里のコクサイ式があります。

 コクサイ式は日速研式の系統であり、列を入れかえております。

 昭和43年には小谷68年案があり、小谷65年案をさらに研究した方式です。

 昭和44年には森卓明の「現代国語表象速記法」があります。この方式は中根式 を高度に発展をさせたものであり、理論的にも内容的にもかなり高度な研究です。 この方式は超中根式→中根式表象法→現代国語表象速記法というように、森卓明 の長年にわたる研究の成果でもあります。

 昭和48年には石村善左が新しく石村式を発表しております。石村式の発達過程 をたどると、中根24年式→26年式(石村式)→(1957年型)→(1964年型)→ (1967年型)→(1973年型)→(1988年型)→(1990年型)となります。

速水 石村善左(禧行)さんは、また新しい方式を発表したようですね。

 昭和50年9月には小谷征勝が正式にV式を発表しております。
 昭和55年には中田知(とも)の深堀カナ宇宙式があります。深堀式を改良した ものです。

 カナ速記と言われておりますが、内容を見ると符号式とほとんど変わりません。

 昭和57年にはTIMACE(タイメイス)、丸子式があります。

 丸子式は倉嶋宏が熊崎式を独習中に衆議院式の符号に興味を感じて独自に研究 をしたものです。昭和57年8月22日の速記科学研究会で西来路秀男が「丸子式」 と命名をしました。

 衆議院式の発達過程をつけ加えると衆議院式(1939年型)→(1942年型)→(1 968年型)となります。

 平成3年10月には早稲田速記教育研究所から速記用のワープロ、“ステノワー ド”が発表をされました。柴田邦博が開発しました。

 本体はデスクトップ型で、キヤノンの「キヤノワードα370」を使用しており ましたが、現在ではパソコンを使用しております。

 このほかにも方式はありますが、年代のわからないもの、創案者のわからない もの、系統のわからないものがあります。

 大正7年に貴族院速記練習所が開所されてから田鎖系の方式が指導されていま したが、安田勝蔵によって安田式が指導されました。

 大正7年に衆議院速記者養成所が開所されてから田鎖系の方式が指導されてい ましたが、友野式、森田式が指導されました。西来路秀男の衆議院標準式からは、 衆議院式と呼ばれるようになりました。

 また、昭和27年の日本速記70周年の速記者名鑑には方式名が貴練、衆養、参養、 としか掲載をされておりません。昭和37年の日本速記80周年の速記者名鑑には貴 族院式、衆議院式、参議院式と掲載をされております。

速水 それでは、簡単に速記方式の名前だけ挙げてください。

 わかりやすく50音順にしましょう。

 相賀式、朝日新聞講習所式=松原式、荒浪式、浅田式、石村式、泉式、新泉式、 イトウ式=イトー式、伊藤案、伊東案、伊東ひらがな式、井辺式(いんべ)、岩 村式、今泉式、生稲式、植岡式=カナ文字式、植村式、植松式、宇佐美式、大兼 政式、大田式、大川式、新大川式、岡田案、鬼塚式、大場式、加藤式、カナ式、 カナモジカイ式、各式総合=混合式=各式混淆、ガントレット式、ガントレット式 変型、蒲田式、川村式、神原式、梶式=日本速記学会式、金山・志田式、河島案、 関西速記学校式、木内案、北村式=此花式、新北村式、木下案、木村式、清沢式、 日下部式、熊崎式、新熊崎(牧)式、超熊崎式、新熊崎(森沢)式、黒岩式、黒 田案、小泉案、国字式、コクサイ式、小島案、小谷65年案、小谷68年案、V式(小谷式)、 小林案(※縦書・罫紙使用)、佐竹式、桜井式、酒井式、酒井董式、堺式、サカ イ式=酒井式、参議院(折衷)式、参議院(単画)式、参議院(統一)式、新秀 式、衆議院式、下島式、島田式、島田カナ式、寿光式、15字法ローマ字式、12年 式、菅原式、スピードメモ法、ステノワード、選抜式、静香式、ソクタイプ、双 輪式、TIMACE、武田式、田鎖式、新田鎖式、田鎖51年式、田鎖60年式、田 鎖67年式、田鎖76年式、改良田鎖式、田鎖傍系、高槻式、宅間式、武部案、単 画・早稲田式、土田式、中央式、中庸式、長商式、佃式、デーゲン式、寺谷式、 所沢式、同盟式=安田式、渡島式、友野式、独自の方式、中村式、中根式、中根 24年式、超中根式、中根式表象法、中谷式、那須野案、26年式=石村式、日本 グレッグ式、日速研式、日本速記字会式、丹羽式、新丹羽式、日大式、野崎式、 長谷川案、長谷川式、林式、林甕臣式、ひらがな式、標準式=文字式、富士式、 福井式、深堀式、深堀カナ宇宙式、藤塚式、藤木式、邦語速記士養成所式=佃式、 松山式、松崎式、新松崎式、松原式、毎日式、丸山式、牧田式、牧野式、丸子式、 牧式=超熊崎式、新牧式、牧タイプ式、三村式、水本(元)式、三浦式、南式、 宮本式、村上式、毛利式、森田式、森山式、新森山式、森式=現代国語表象法、 森本式、山根式、安田式、山口式、矢野式、ユニ式=日速研式=日本ユニ式、横 山案、吉原式、米田式、米田(同志社大学)式、吉永式、4年式、吉村式、ロー マ字式、早稲田式、早稲田系無名式、若林式、?式

などが、いろいろな文献等で判明しております。

速水 随分あるんですね。

 速記方式を調査してみましたが、速記文字の実態がわからないもの が多いんですよ。特に明治時代の速記方式については田鎖式の系統かどうか判断 がつかない方式があります。
   

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