脳内単純化

 逆に、これは私個人の感覚としてではあるが、いわゆる「濁音、長音、長濁 音」といったいわゆる「変音」までをもきっちりと表示、書記しようとする部分 というのは、これまたいわゆる「脳内単純化」といった面における「扱う速記符 号線種」の増加、「各語を認識し、音種を判断し、書記上、どのように処理する かを決定し、判読時の安全性をも考慮しつつ実際に手書き行為を完了する」とい った一連の過程での処理事項の増加、複雑化といったこと等による「速記行為上 の無駄、過大対応」といった弊害があるのかもしれない、といった所感が挙げら れる。

 そのような意味では、例えば「早稲田式」などの場合、この「脳内単純化」は ほどよく行われるとも言える面があるし、普通文字におけるある種の保存記録、 明瞭表示が要求される場合などはともかくも、「速記」という行為の大方の「目 的」からすれば「必要にして十分」な対応が基本となっているという意味では、 むしろ好ましい面も多いのだと思われる。

 ただ、「長音」など、ある程度の範囲までそれ専用の符号が離筆なしに一筆で 書ける符号として備わっているといった前提の方式(→例:「中根式」、「モリ タ式」等々)との違いも含めて、どのような設定の速記方式が好ましいかという のは、これは絶対的な基準といったものは存在しないのでもあろう。

 一つの速記法研究の姿として、その「濁音表示法」を初め、多くの変遷を経緯 してきた「石村式」だが、最終のものでも用いられていた「小円付加」による濁 音表示法は、「埼玉式、中村式、百間公民館速記クラブ式、百間公民館速記ワー プロクラブ式、武里大枝公民館速記ワープロクラブ式、武里大枝公民館速記クラ ブ式、公民館式、春日部式」等の名をも付すことのできる参議院速記者の中村氏 の方式が同様の「小円付加」による濁音表示方法をとられている。

 中村氏はとても好奇心旺盛にしてチャレンジ精神にあふれるユニークな方だが、 一つの速記法存在の側面を体現されていて、誠に興味深くもある。