5.中根式の法則体系について
 大正3年5月10日に中根式が発表されてから、今日に至るまで各地の研究者により、各法則体系が発表されております。
 私は指導者自身が中根式内に「各法則体系」の存在を認識しておく必要があると思います。
 例えば、別の教授所で中根式を勉強してきた学習者を指導する場合に、「どこの教授所でだれに指導を受けたか」と聞くだけで、その学習者がどういう法則体系を使っているか大体の見当がつき、学習者の習得度に応じて、習得した法則体系のままで通すか、あるいは新たに法則体系を指導するかということになります。そこで法則体系を指導するときの仕方も変わってきます。
 もし、その指導者が「各法則体系」の存在を知らなかったと仮定してみましょう。
 別の教授所で習った学習者がその指導者のところへ指導を受けに来ました。指導者はその学習者の速記文字を見て、学習者が間違って覚えてきたと思い込んで、自分の法則体系を指導します。学習者の習得度によっては、学習者は速記文字を切りかえることになります。そして覚える負担が大きくなり頭の中が混乱をして速度が伸びなくなります。下手をすれば、その学習者は速記をやめることにもなりかねないことになります。
 中根式の指導者は各法則体系の文献に目を通して、各法則体系の省略法などにも精通しておかなければならない。と強調するのは、指導者は別の教授所で指導を受けた学習者が、自分の教授所に来た場合には学習者が使用している速記体系を把握しておかなければ、その学習者に向いた指導ができないからです。
 
法則体系における分類
 中根式の法則体系を大まかに分類すると下記の体系が考えられます。
  中根正親の体系
  中根正世の体系
  中根速記学校の体系T(池田正一らの体系)
  中根速記学校の体系U(中根康雄の体系)
  中根式カナの体系(スピードメモ法)
  植田 裕の体系
  稲垣正興の体系
  森 卓明の体系
  森下 等の体系
  武部良明の体系
  吉川欽二の体系
  長岡商業高校の体系
  金沢二水高校の体系
  学習院大学の体系
  関西大学の体系
などが中根正世の体系や中根速記学校の体系とは異なった法則体系をなしております。
 このほかにも体系が存在しますが、ほとんどが中根正世の体系や中根速記学校の系統と思われます。私の手元に資料がないので実態はわかりませんが、文例を見る限りでは大差がないようです。
 これらの体系を総称して中根式と言います。
 
各法則体系についての説明
 中根式の体系を大きく分けると「中根正親」の系統を引く「中根正世の体系」と「森卓明の体系」があります。現在、中根式で使用されている法則体系は、「中根正世の体系」の系統を引き継いだ各法則体系です。
 
中根正親の体系
 中根正親が、大正3年5月10日に発表したものです。中根式各体系の母体となったものであり、現在は指導されておりません。
 「中根式速記法講解」は中根式の原形を知るために、中根式関係者は必読すべきです。
 なお、一般的に原始中根式というときには、中根正親の体系を指しております。
 
中根正世の体系
 創案者の令弟・正世(昭和31年に正雄と改名)が中根正親の体系を大正末期より整理・改良し旧制の全国中等学校を中心に普及したものです。
 この体系が中根速記学校の体系Tの源流になる一方、当時、旧制中等学校の生徒であった稲垣正興、植田裕、森下等の各体系における原点となりました。
 中根正世が昭和2年11月に刊行をした「通俗中根式速記法」及び昭和27年4月に刊行をした「中根式速記」は中根式のバイブルです。中根式関係者は必読すべきです。
 なお、一般的にオーソドックスな中根式というときには、中根正世の体系を指しております。
 
中根速記学校の体系T(池田正一らの体系)
 中根速記学校で指導されてきた法則体系は、大きく下記の3つに分けられます。
1.昭和4年7月から昭和7年9月に指導された法則体系は中根正世の体系(通俗中根式速記法)です。
2.昭和7年10月に池田正一が中心になって「研究会」が組織されて、中根速記学校内で独自の体系が研究されました。
1)森卓明が昭和6年12月に発表した「超中根式速記法」の体系はほとんど取り入れられませんでした。
2)その後、新法則が機関誌へ発表されましたが、機関誌へ発表されていない法則が中根速記学校内で指導されました。
3)新法則は機関誌へ発表する以前に、実験的に指導されていたことが推測できます。
4)戦後は、池田正一が中心になり、中根速記学校独自の体系が指導されましたが、池田正一の体系と江森武の体系は別の体系です。
5)江森武の完全な体系を習ったのは、昭和52年4月入学生が最後です。
*戦前の体系と戦後の体系とは異なりを見い出せます。
 戦 前:
1)池田正一の体系と北村薀雄、曲尾啓之助の体系は別の系統です。
2)川村秀蔵が指導したのは中根正世の体系(通俗中根式速記法)です。
 戦 後:
1)池田正一の体系が指導されました。
2)江森武が指導した体系は、川村秀蔵、北村薀雄、曲尾啓之助の体系を折衷した系統です。
3)西宮純一郎が指導したのは池田正一の体系です。
 
中根速記学校の体系U(中根康雄の体系)
 昭和54年4月入学生から、中根速記学校では中根康雄の体系が指導されております。
 中根康雄の体系は中根正世の体系に、池田正一ら、稲垣正興、植田裕、森下等の体系を部分的に折衷しております。
 中根速記学校の法則体系において池田正一らの体系(中根速記学校の体系T)と中根康雄の体系(中根速記学校の体系U)とは全く別の体系です。
 中根速記学校の体系は、昭和54年4月を境にして法則体系に大きな変遷が見られるのでTとUに分類しました。
 
中根式カナの体系
 平成7年8月22日に中根式速記協会から発行された「中根正雄先生を偲んで」によると、
 昭和33年8月に「ひらがなとカタカナによる即席速記法を創案」(自衛隊、警察、ロータリークラブにおいて本格的速記と併せて講演)
と書かれておりますが、正確な創案日は不明です。
 即席速記法は、ひらがなとカタカナを別の読み方に分けて、中根式の理論体系を加味した省略法が構築されています。
 中根式では「符号速記」と「スピードメモ法」があり、中根式指導者によっては両方を指導している場合もあります。
 なお、スピードメモ法で書ける最高速度は分速200字〜分速240字と言われております。
 また、昭和47年9月に「簡易速記法」、昭和53年4月に「スピードメモ法」と名称を変更しております。
 中根康雄のスピードメモ法は、中根正雄のスピードメモ法に改良を加えております。
 ここでは名称を一括して「中根式カナの体系」として扱っております。
 
植田 裕の体系
 四国の香川県立高松商業高校速記部を中心に、丸亀商業、志度商業速記部で使用され香川県内で広く普及しております。香川県では中根式関係者のほとんどが植田裕の体系で占められております。
 従来の中根式(*中根正世の体系、中根速記学校の体系、稲垣正興の体系)とはかなり異質な法則体系であり研究に値する体系です。
 植田裕は昭和22年から一先輩として母校(香川県立高松商業高校)の速記部を指導し、昭和26年4月から同校の教員として昭和45年3月末まで速記部の指導されていました。24年間にわたる速記指導の中で植田裕が目指したものは、流麗な速記符号、各法則間の矛盾の排除です。
 植田の研究は高校教員になる前の4年間は新聞社で実務速記者としての経験と、高校教員としての指導の傍ら、地元の実務速記を手がけるなどして単に机上の空論ではなく実務から割り出した研究であることと、その速記教育法・速記教育課程(カリキュラム)の開発です。
 昭和45年4月から東京で速記実務の傍ら研究を続けております。
 
稲垣正興の体系
 関西地区の学生速記界を中心に普及しております。関西地区の中根式関係者のほとんどがこの体系で占められております。
 また、中部地区の愛知大学速記研究会(現在は廃部)、関東地区の学習院大学速記研究会(現在は早稲田式)にも部分的に採用されておりました。
 現在でも、関西地区を中心に指導が行われております。
 
森 卓明の体系
 中根正親の高弟・森卓明が「超中根式速記法」を昭和6年に発表以来、中根式の各研究者に大きな影響を与えております。
 「超中根式速記法」は中根式の体系に、理論的に一番近いので中根式関係者には一読に値する書物です。
 超中根式中根式表象法現代国語表象速記法と研究され、現在では、従来の中根式とはかなりかけ離れた法則体系をなしていて、森式として1方式に数える存在です。
なお、「現代国語表象速記法」は森式です。
 
森下 等の体系
 形容詞・形容動詞・副詞・動詞・助動詞等、文法的見地から見た符号配置の研究があります。
 なお、昭和43年3月28日に発行された市ケ谷出版刊の「中根式速記」は中根速記学校の池田正一/中根洋子と共著になっておりますが、内容は中根速記学校の体系ではなく森下等の体系です。
 
武部良明の体系
 「学生速記」という名称の書物の割には、かなり高度な理論展開をしております。基本文字は多少違いますが、理論的に従来の中根式に十分応用ができます。指導者・研究者には一読に値する書です。
 実務で使用されていた人(香川県・中嶋雅幸)を1人確認しております。
 
吉川欽二の体系
 植田裕、武部良明、中根速記学校T、森卓明の体系を参考にし、吉川欽二が研究した独自の体系です。法則的にもかなり細かい部分まで研究されております。
 中根式の指導者・研究者には必読に値する文献です。
 
長岡商業高校の体系
 新潟県立長岡商業高校速記部で指導されている体系です。戦前に速記部が設立されたようです。
 
金沢二水高校の体系
 石川県立金沢二水高校速記部で指導されていた体系です。昭和35年4月に北川暉基(てるもと)が速記部を設立しました。(現在は廃部)
 
学習院大学の体系
 学習院大学輔仁会速記研究会で指導されていた体系です。昭和38年6月15日に北川暉基が速記研究会を設立しました。金沢二水高校の体系に中根速記学校の体系T、稲垣正興の体系を折衷したものです。
 昭和47年の「小林寛著:速記教本」から、学習院大学の法則体系は独自性が失われて、テキストの改訂をするごとに中根康雄の法則体系に近づいております。
 平成3年度に、中根式が指導できる者がいなくなり、早稲田大学邦文速記研究会の指導を受け早稲田式に切りかえております。
 
関西大学の体系
 関西大学速記部で一時期、中根式と山根式が同時に行われていました。稲垣正興の体系、植田裕の体系に、兼子次生が改良した符号を折衷した体系です。中根式は自然消滅しました。(現在は山根式のみ指導されております)
 
各法則体系の文献
中根正親の体系
 中根正親著:中根式 日本語速記法(中根式速記法講解)(大正5年2月)
 本山桂川著:応用速記術の秘訣(大正14年12月1日)
 兼子次生著:中根式日本語速記法 第二編(昭和56年4月29日)
 
中根正世の体系
 中根正世著:通俗 中根式速記法(昭和2年11月15日)
 中根正世著:中根式速記講座 上巻/中巻/下巻(昭和22年5月20日)
 中根正世著:中根式速記(昭和27年4月)
 中根正雄著:中根式速記通信教育 普通科/高等科/研究科コース(昭和44年3月5日)
 
中根速記学校の体系T
 中根洋子著:中根式速記の基本教程(昭和31年12月25日)
 菅原 登筆:中根速記学校卒業生のノート(指導:池田正一 昭和44年4月入学)
 横溝武雄筆:中根速記学校卒業生のノート(指導:池田正一 昭和49年4月入学)
 根岸幸子筆:中根速記学校卒業生のノート(指導:西宮純一郎 昭和49年4月入学)
 水木能子筆:中根速記学校卒業生のノート(指導:江森 武 昭和52年4月入学)
 渡辺芳子筆:中根速記学校卒業生のノート(指導:江森 武 昭和53年4月入学)
 
中根速記学校の体系U
 中根康雄著:速記マスターノート 上巻(昭和48年6月25日)
 中根康雄著:速記マスターノート 下巻(昭和50年4月5日)
 中根康雄著:全国速記検定試験5段合格への道 プロ検定1級合格への道
      (昭和57年2月)
 
植田 裕の体系
 植田 裕/川田秀幸著:中根式速記法原理 上巻(昭和27年4月3日)
 植田 裕/川田秀幸著:中根式速記法原理 下巻(昭和27年5月3日)
 三野知子筆:高松商業高校速記部員のノート(指導:植田 裕 昭和32年4月入学)
 川田秀幸著:ウツシングのすすめ(昭和42年5月7日)
 田口京子筆:高松商業高校速記部員のノート(指導:植田 裕 昭和44年4月入学)
 植田 裕著:符号の広がり(昭和54年2月10日)
 植田 裕著:中根式速記法における順記法の導入(昭和54年8月27日)
 植田 裕著:ベーシック略符号練習文例(平成13年2月 日)
 
稲垣正興の体系
 稲垣正興著:学生の速記(昭和27年5月1日)
 稲垣正興著:学生の速記(昭和44年4月1日)
 稲垣正興著:速記学習ノート 上(昭和50年4月1日)
 稲垣正興著:速記学習ノート 下(昭和49年9月1日)
 稲垣正興著:高校速記クラブ 指導の手引き(平成4年4月1日)
 
森 卓明の体系
 森 卓明著:超中根式速記法(昭和6年12月5日)
 森 卓明著:中根式表象法 速記通信教室(昭和32年7月)
 
森下 等の体系
 中根速記協会:季刊ステノ−速記研究誌−No.1(P42〜P48)(昭和32年8月4日)
 中根速記協会:季刊ステノ−速記研究誌−No.2(P31〜P35)(昭和33年3月31日)
 池田正一/中根洋子/森下 等著:中根式速記(昭和43年3月28日)
 
武部良明の体系
 武部良明著:独習 学生速記(昭和16年5月25日)
 
吉川欽二の体系
 吉川寿亮著:中根式速記研究 基礎編(1)/(2)(昭和42年1月)
 吉川欽二著:中根式速記の研究(昭和56年8月1日)
 吉川欽二著:中根式速記法教程−中根式速記法基本編−(平成8年5月15日)
 吉川欽二著:中根式速記法教程−中根式速記法省略編(1)/(2)−(平成8年5月15日)
 吉川欽二著:中根式速記法研究−中根式を学習された方に−(平成9年9月9日)
 
中根式カナの体系
 中根正雄著:ひらかな、カタカナ応用 即席速記法(昭和42年5月20日)
 中根正雄著:だれでもすぐに使える 簡易速記法入門(昭和47年9月10日)
 中根正雄著:だれにでもすぐ役立つ スピードメモ法(昭和53年4月15日)
 中根康雄著:1時間でマスター スピードメモ法 筆記力がなんと3倍になる
       (昭和59年8月31日)
 中根康雄著:情報速メモ術 聞き書き力を3倍にする実戦教本(昭和63年1月21日)
 
関西大学の体系
 兼子次生著:研究ノート(昭和40年10月21日)
 
学習院大学の体系
 笈川弘巳著:中根式速記教程(昭和44年10月3日)
 小林 寛著:速記教本(昭和47年12月21日)
 
金沢二水高校の体系
 下谷政弘著:中根式速記研究書(昭和36年10月20日)
 
長岡商業高校の体系
 長岡商業高校速記部編:中根式速記(昭和50年3月)
 高野伸子筆:新潟県立長岡商業速記部員のノート(昭和50年4月入学)
などが現存しております。

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